源義経の正室 郷御前は静御前と対立!?夫と共に平泉に逃れて悲劇の最期
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、源義経が無尽の活躍をみせて平氏がいよいよ追い込まれていきます。
前回の17回放送では、義経の愛妾となる静御前も登場してました。
源義経と言えば静御前と言われるように義経を扱った作品の多くは必ずヒロインに静御前を持ってくることが多いのですが、義経には郷御前(大河ドラマでは「里(さと)」)という正室がいます。今回は、彼女にスポットを当てて紹介していきたいと思います。
源義経の正室 郷御前について
郷御前(さとごぜん)は、1168年生まれで武蔵国河越(現在の川越市)の豪族である河越重頼の娘です。母は、比企尼の次女である河越尼という女性。という事は、郷御前は比企尼の孫に当たりますね。
比企尼は、源頼朝の乳母をしていた女性で流罪となっていた頼朝を20年間もの間支援してきました。いわば頼朝とは実の親子以上の絆があったのではないかと思われます。その事もあり比企尼の孫は源義経以外にも頼朝の弟である源範頼にも嫁いでいました。
郷御前が、源義経の正室になったのは頼朝の命によるものだと伝わります。結婚は1184年頃で、義経が25歳で郷御前が16歳でした。頼朝がなぜ二人を結婚させたかは、義経監視の役目もあったかもしれませんが、郷御前の身の振り方を考えるとそうは思えませんね。
この結婚後、すぐに頼朝・義経兄弟が対立をしてしまいます。たった1~2年で父・河越重頼は義経の外戚という事で領地を取り上げられて終いには殺害されてしまいます。
郷御前もその間に都で身を隠して娘を出産したりと大変な憂き目に遭います。
その後、夫の義経と合流して1187年2月に陸奥の藤原秀衡のもとに逃避行します。しかし、義経が父のように慕っていて頼朝も恐れたと言われる藤原秀衡は、義経が到着して9か月後に亡くなりその息子・藤原泰衡が藤原氏を継いで状況は一変します。
1189年、藤原泰衡は源頼朝の命令で義経が滞在していた衣川館を襲います。義経は郷御前と娘を殺害したあとに自害してしまいました。
この時、郷御前は22歳のなるところでした。
奥州で栄えた藤原氏もこの後、頼朝によって滅ぼされるので藤原氏が義経を助けたとしてもどっちみち最期は同じ道が決まっていたのでしょうね。郷御前と娘はまだ助かる道があったと思いますが、夫と運命を共にしました。静御前の義経への愛も尊いですが、郷御前も同じように義経を慕っていたのでしょう。
ちなみに大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、郷御前と静御前が対立すると記載がありましたが、実際はどうなんでしょうかね?義経の妾は他に蕨姫(平時忠の娘)などもいましたし。対立するまで存在を知っていたかは疑問ですね。
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