空誓上人 三河一向一揆で徳川家康と対立するが後に関係修復する
三河の一向一揆を主導したと伝わる空誓上人(くうせいしょうにん)を取り上げます。
空誓を大河ドラマ「どうする家康」で演じているのは、3代目 市川右團次になります。
過去のドラマや映画などの作品で空誓が登場する回数は少ないですが、小説「空誓の乱」や学研まんが「日本の歴史人物学習事典」等に空誓が記述されています。
空誓上人とは?
空誓は、比叡山延暦寺住職で浄土真宗本願寺派中興の祖といわれる蓮如の曾孫にあたる人物です。天文16年(1545年)の生まれといわれています。
父は蓮如の孫で近江堅田にある慈敬寺4世の実誓です。
永禄4年(1561年)に本證寺9世である玄海が加賀一向一揆に加わるために遠征し戦死してしまったため、猶子として玄海の娘婿となり、17歳で本證寺を継ぎました。本證寺10世の住職となります。
空誓は怪力の持ち主で、三河一向一揆の時には自ら鎧をつけて鉄棒を振り回して戦ったとされています。
三河一向一揆の首謀者とされて追放の憂き目に遭いますが、その後、徳川家康とは関係修復して晩年に江戸城に招かれ、尾張藩主となる九男の義直を助けるよう依頼されたといいます。
空誓上人と三河一向一揆
空誓にとっての一大転機となるのは、永禄6年(1563年)の三河一向一揆です。
三河一向一揆の発端は、桶狭間の戦い後に兵糧が不足したために徳川家康の家臣である菅沼藤十郎が、本願寺派の上宮寺に踏み込んで米を奪ったことによるものです。
これは本願寺教団の利権を解体して西三河統一を目指す家康側と不入権を主張する一向一揆側の衝突でもありました。
空誓は自ら一揆勢を率いて戦うなどして一時、家康側も窮地に追い込まれましたが、馬頭原合戦で勝利した事を境に織田信長の意向を受けた水野信元の仲介で永禄7年(1564年)には和議を結んで一向一揆は解体されていきました。
家康は改宗を条件に寺院の存続を許しますが、空誓らはこれを拒否しました。そのため家康により三河国から追放される憂き目に遭います。空誓は賀茂郡菅和田(現在の愛知県豊田市新盛町)に逃れる事となりました。
ちなみに、徳川家康から赦免されたのは天正11年(1583年)になります。石川妙春尼(家康の叔母)の仲介があったようです。三河一向一揆から実に19年経過していました。
空誓上人の最期
徳川家康に赦免された空誓は、その後に本證寺を復興しました。そして、家康との関係も良好であったと伝わります。
歴代の本證寺の住職が交代する時には江戸城に呼ばれて将軍への謁見が許されるなど、幕府や尾張藩と緊密な関係を築きます。
空誓は慶長19年(1614年)8月に70才で亡くなっています。
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