梶原景時 石橋山の戦いで敗けた源頼朝をなぜ見逃した?その後、源義経と対立
2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の登場人物の一人、中村獅童が演じる梶原景時を取り上げていきたいと思います。
梶原景時を簡単にどんな人物かを表現すると・・・
源頼朝に寵愛されて源義経と対立した人物です。
悲劇のヒーローである大人気の源義経と対立した人物という事もありやはり悪役に描かれる事が多く世間的に嫌われていますね。
しかし源頼朝の家来の中では唯一と言っていい程の教養人であります。そのため主君・頼朝から絶大な信頼を寄せられていました。
梶原景時について
梶原景時の生涯について紹介する前に梶原氏とはどんな一族なのか?
梶原氏は、坂東八平氏を始祖とする鎌倉で勢力を伸ばした鎌倉氏の一族の一つであります。同族に大庭氏もいて、石橋山の戦いで敗北した源頼朝を一緒に追っていた仲間に大庭景親がいますね。
梶原氏も大庭氏もはじめは源氏の家人でしたが、平治の乱以降は平氏側に従っていました。その後、石橋山の戦いで敗れた源頼朝を敵方となっていた梶原景時は洞窟で発見するのですが、見逃す事になります。それは、もともと梶原氏が源氏の家来だったからなのか?
梶原景時が頼朝を見逃した理由の一つとして、よく挙げられるのが梶原氏は本当は源氏側の家来だったからというのがあります。
梶原景時 石橋山の戦いで源頼朝を助ける
それでは、源頼朝の負け戦になった石橋山の戦いについて書いていきますね。そして、どんな経緯で梶原景時は源頼朝を助けたのか?
治承4年8月に源頼朝は伊豆国の目代、山木兼隆を討伐するために挙兵します。山木兼隆を討つのには成功しますが、合戦の準備がうまく整わずに石橋山の戦いにおいて敗北してしまいます。
頼朝は大庭景親や梶原景時らに追い詰められて山中に逃げます。その時に洞窟の中で隠れていましたが、梶原景時に見つかってしまいます。
頼朝は「最早、ここまで」と思ったのか自害しようとしますが、梶原景時は頼朝の自害をとめて「もしも戦で勝ったときには自分が助けた事を忘れないでください」と言って見逃しました。
仲間の大庭景親は、「洞窟の中に誰もいない」と言った梶原景時を怪しみますが、景時は大庭景親を「私の事を疑うのか?」と一喝したと言います。そして、大庭景親は結局、諦めてその場を後にして源頼朝は九死に一生を得ます。
源頼朝にとって、梶原景時は命を救ってくれた大恩人となるわけです。
梶原景時 源頼朝の寵愛を受ける
梶原景時は、将来的に源頼朝の寵臣になりますが、石橋山の戦いで命を救っただけでなく能力的にも優れたものがあったので他の御家人が嫉妬をするほど寵愛されました。
それでは、梶原景時に助けられた源頼朝のその後からどうぞ。
源頼朝は、石橋山の戦いで敗北したあとに安房国で再度挙兵しました。そして、ついには平維盛が率いていた平氏も破ります。
その後、大庭景親と梶原景時は頼朝のもとで降伏します。
運命の別れた二人・・・。
大庭景親は処刑されますが、梶原景時はすぐに頼朝の御家人となります。
梶原景時は、頼朝の御家人の中でも和歌に優れた才能があり弁舌も立ち教養人でした。あるエピソードでは、戦の報告で義経たちは「勝ちました」だけのサラッとした報告なのに梶原景時は事細かに頼朝に報告して喜ばせたと言います。
また、頼朝の御家人の中で大きな軍事力を持っていた上総広常を暗殺するのにも成功しています。
頼朝の信頼の厚さから鶴岡八幡宮若宮の造営、囚人の監視、御台所である北条政子の出産行事、侍所別当を任されたりして頼朝存命中の梶原景時は飛ぶ鳥を落とす勢いであったようです。
梶原景時と源義経の対立
源頼朝の寵臣となった梶原景時ですが、反対に頼朝の弟・源義経とは馬が合わなかったことはあまりにも有名です。
一ノ谷の戦いで、源義経の侍大将だった梶原景時は、途中に源範頼の侍大将に配置換えされています。これは最初の組み合わせだった源義経×梶原景時、源範頼×土肥実平がそれぞれ合わずに交替したためです。
その他にも逆櫓論争や壇ノ浦の戦いでの先陣争いなどとにかく梶原景時と源義経は対立しっぱなしだったようです。
また、源頼朝に義経の悪口を吹き込む讒言(ざんげん)を行っていたというダークなイメージをもたれた人物でした。讒言に関しては義経贔屓のせいで創作の可能性もありますが、義経と対立していたことは事実であります。
梶原景時の最期
梶原景時は、頼朝が亡くなったあとも2代目の将軍・源頼家に重用されました。「13人の合議制」にも梶原景時は列しています。
しかし、御家人の一人である結城朝光が源頼家の政治を嘆いたことがきっかけで梶原景時が激怒します。梶原景時は、結城朝光の断罪を求めますが、反対に梶原景時が他の御家人に連判状を出されてしまいます。
これは、人望のあった結城朝光と人望のなかった梶原景時の差でしょうか?
梶原景時は他の御家人たちにすこぶる嫌われていました。鎌倉幕府での役職が御家人の取り締まりだったからも理由の一つだとは思いますが・・・。梶原景時は主君には好かれていましたが、その分、他の同僚たちに嫌われていたようです。
結局、梶原景時は鎌倉から追放されて所領のある相模国に逃れました。しかし、梶原景時をはじめ一族は結局滅ぼされてしまいます。(梶原景時の変)
これは、北条氏の権力を確固たるものにするための有力な御家人を排除するという最初の事件であると言われています。
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