藤原宣孝 紫式部の夫で歳の差20歳以上?結婚生活は約3年で死別する
紫式部は、源氏物語という名作を世に出しましたが、当の本人は清少納言や和泉式部など同じ時代を過ごした才媛たちと比較すると恋愛経験が乏しかったようです。
悪く言えば堅物で良く言えば貞淑な紫式部ですが、それでも生涯で1度、結婚経験がありました。紫式部の結婚相手は、藤原宣孝という人物です。
大河ドラマ「光る君へ」では、藤原宣孝役を佐々木蔵之介さんが演じていますね。紫式部の家に何度も遊びに(?)来るあの親戚のおじさん役です。
藤原宣孝について
藤原宣孝は、権中納言であった藤原為輔の子として誕生しています。
藤原宣孝の経歴は、円融天皇の時代は六位蔵人と左衛門尉を兼任、花山天皇在位時では院判官代のちに蔵人にもなりました。そして、次の一条天皇の時代は筑前守になったのち、都に戻り右衛門権佐となって山城守も兼ねることになりました。
大きく出世はしませんでしたが、安定した職に就いていたようです。
藤原宣孝と紫式部の結婚
藤原宣孝は、晩年になって都に戻った975年以降に紫式部と結婚します。
紫式部は、父・藤原為時とともに下った越前に居た頃、藤原宣孝との結婚話が進んで父を残して京に戻ってくることになりました。
すでに紫式部は、当時では晩婚にあたる20代半を超えていました。又、都を恋しがっていた節があり歳の差20歳以上と伝わる藤原宣孝との結婚はやや打算的なものがあったのではないでしょうか?
藤原宣孝は、すでに紫式部の前に3人の妻がいて紫式部と同じ年頃の子供までいました。それでも宣孝は、娘ほど離れた紫式部に想いを寄せていたらしく越前に下る前から求婚をしていたと伝わります。
平安京に戻った紫式部は、藤原宣孝と新婚生活をスタートしたわけですが、その結婚生活は残念な事に長く続かなかったのです。
紫式部の結婚生活は約3年で死別する
藤原宣孝と紫式部の間には、999年頃に藤原賢子(後の大弐三位)が誕生します。
ちなみにこの娘は、母と同じく藤原彰子に仕えたのちに後冷泉天皇の乳母となりました。男女関係が母よりも父に似たらしく藤原頼宗、藤原定頼、源朝任との交際があり藤原兼隆(藤原道兼の嫡男です!)の妻、のちに高階成章の妻になりました。才媛ぶりは母に似て百人一首にも選ばれる女流歌人でした。いいとこどりのモテ女ですね。
話を戻しまして、藤原宣孝と紫式部の夫婦生活は3年余りで終了してしまいます。藤原宣孝が病気で亡くなってしまったからです。
1001年(長保3年)に夫・宣孝と死別した紫式部は、「見し人の けぶりとなりし 夕べより 名ぞむつましき 塩釜の浦」という歌を詠みました。
この和歌を詠んだことから夫婦仲は悪くなかったのでしょうね。幼い娘を残して藤原宣孝も心残りだったことでしょう。
その後、未亡人となった紫式部は、中宮・藤原彰子のもとで「源氏物語」を執筆して比類なき大活躍をみせるのでした。
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