*

大政所 豊臣秀吉の母なかの生涯について!嫁の北政所ねねとの嫁姑仲は?

スポンサーリンク

豊臣秀吉や豊臣秀長、そして旭姫の母である大政所を取り上げますね。

大政所の呼び方は、「おおまんどころ」です。名前は、仲(なか)と伝わっています。

旭姫と同じく息子・秀吉の天下取りのために人生を翻弄された大政所。老いてから徳川家康のもとに人質として送られた話なども紹介しています。それでは、大政所がどんな人生を送ったのか見てみましょう。

大政所 豊臣秀吉の母として

大政所は、尾張国の愛知郡御器所村出身の女性と伝わっています。また、美濃の鍛冶職人であった関兼貞の娘として1516年(永正13年)に誕生したとも伝わります。

名前は、先述の通り仲(なか)です。大政所という呼び名は、息子の秀吉が天下人となり関白となった際に、母親である仲も従一位に叙されたときに贈られました。大政所は「大北政所」を簡略したものです。同時に、秀吉の正室ねねが、北政所になりますね。

大政所は、2度の結婚歴があります。はじめは、木下弥右衛門と結婚して「とも」と「秀吉」が誕生します。その後、木下弥右衛門が亡くなってしまったため竹阿弥と再婚します。竹阿弥との間に「豊臣秀長」と「旭姫」が誕生しました。

しかし、現在のところ秀吉たち兄弟の父親は確定ではないようです。仲が生んだ4人の兄弟はすべて木下弥右衛門の子だったという説もあるし木下弥右衛門と竹阿弥は同一人物だったという説もあるそうです。

大政所と北政所ねね 嫁姑の仲は?

大政所は、再婚した夫・竹阿弥に先立たれたあとは織田家で出世していった息子の豊臣秀吉の元に引き取られました。

当然の如く、秀吉の元には妻であるねね(後の北政所)がいます。

大政所と北政所の嫁姑の仲が気になりますが、この二人はまるで実の母娘のように仲が良かったと伝わっています。本能寺の変で居住していた長浜城が明智方に狙われた際も行動を共にしているし度々の城の移り住みも一緒にしています。

大政所 徳川家康の人質となる

大政所は、娘の旭姫が徳川家康の正室として岡崎に迎えられたあとに自身もその翌年に岡崎城へ送られることになりました。

一応、名目上は旭姫の病気見舞いでしたが、徳川家康に対する人質という扱いでした。

この頃、家康は秀吉からの上洛を断り続けていました。上洛するという事は家康と秀吉の間の上下関係がはっきりするという事です。また、家康からしたら命の危険もあったことでしょう。

しかし、旭姫に続いて大政所まで送られてきた家康はさすがにこれ以上、上洛を拒むことが出来ずについに秀吉のもとに向かう事となりました。

大政所 井伊直政が大のお気に入り

大河ドラマ「どうする家康」の大政所役は、女優の高畑淳子が演じています。家康の家臣である板垣李光人演じる井伊直政が大のお気に入りでそんな場面をいくつも見ることができますね。

実は、史実でも大政所は井伊直政が大のお気に入りでした!

徳川四天王の最年少でありながら家康の寵愛深くかなりのイケメンだったという井伊直政は、大政所やその侍女たちからも気に入られていました。

大政所は、人質として岡崎に入った際にその世話役だったのが、井伊直政と本多重次でした。井伊直政は、大政所や侍女たちに対して細かな心配りをみせて喜ばせました。そして、大政所は帰還する際の護衛に井伊直政を指名した程です。

一方、同じく世話役だった本多重次は「鬼の作左」と呼ばれる人物で、主君・家康に何かあった場合はすぐに人質を焼き殺すために大政所の部屋まわりに薪を積み込みさせる有様でした。

美男子で優しく心配りをする井伊直政と鬼のあだ名を持つ本多重次という何とも対照的な二人。大政所が井伊直政を気に入ったのは当然の成り行きのような気がしますね。

大政所の最期 秀吉は母の死に目に会えず

大政所の岡崎での人質生活は、1か月ほどで終了しました。徳川家康が、すぐに上洛したためです。

大政所は、岡崎に行く前から病気がちでしたが、自分より先に旭姫と豊臣秀長という子供たちを亡くしてしまいました。

そして、1592年(天正20年)ついに大政所も危篤となりました。京都聚楽第にて享年77歳で亡くなりました。その死に目に秀吉は間に合いませんでした。

豊臣秀次に大政所の病回復を願って祈祷などを行わせていたのですが、成果が出ないことに焦った秀次が秀吉への報告を遅らせてしまったのが原因です。

秀吉が母の危篤を聞いて慌てて聚楽第に向かいますが、出立したその日に母・大政所は亡くなってしまいました。秀吉は、すでに母が亡くなったことを知らされてその場で失神したほど衝撃が深かったそうです。

スポンサーリンク

関連記事

小見の方 濃姫の母で織田信長の義母、斎藤道三との夫婦仲は?

織田信長の正室、濃姫こと帰蝶の実母である小見の方にスポットを当てます。 2020大河ドラマ「麒

記事を読む

渋沢栄一は何した人なのか?嫁・千代以外にも妾がいて女好き!

NHKの大河ドラマ「青天を衝け」が2月14日からスタートしたわけですが、登場人物を全然紹介していなか

記事を読む

牧の方 りくという名前で登場する北条時政の後妻

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ですが、今回登場する人物は宮沢りえが演じている北条時政の後妻・りく にな

記事を読む

深芳野 土岐頼芸から下贈された斎藤道三の側室で美濃一の美女

来年の大河ドラマ「麒麟がくる」で、濃姫を演じる予定だった沢尻エリカの逮捕により出演者変更となった事か

記事を読む

阿野全成 今若丸の幼少名で知られる源義経の同母兄

以前、このサイトで妻の阿波局(実衣)を取り上げた事がありますが、夫の阿野全成はまだ取り上げていなかっ

記事を読む

織田信光 甥の織田信長の味方で清洲城で織田信友を討つ

織田信長の叔父さんに当たる織田信光をそういえば、まだ取り上げていなかったなぁ~と思い、今回は彼を取り

記事を読む

江姫の子供たち について

江姫の子供たち について。 2011大河ドラマ「江~姫たちの戦国」のヒロイン、江姫。 徳川幕府の

記事を読む

豊臣秀吉 側室③

豊臣秀吉 側室 について続きの続きです。 豊臣秀吉の側室は、ホントに沢山いたらしいのですが、 史

記事を読む

松永久秀は茶器を抱いて爆死した戦国三大梟雄の一人!大河では吉田鋼太郎がハマり役

大河ドラマ「麒麟がくる」の登場人物、第1話から気になる人物を挙げていきその生涯や人物像などを紹介して

記事を読む

平手政秀役は上杉祥三!織田信秀と信長に仕えた家臣で最期は切腹する

大河ドラマ「麒麟がくる」は、織田信秀が亡くなり今川に睨まれて四面楚歌の織田信長に義父である斎藤道三が

記事を読む

藤原定子 夫・一条天皇に寵愛されたが実家の没落に見舞われた悲運の皇后

母の高階貴子や清少納言は取り上げたのですが、肝心の藤原定子を取り上げて

藤原宣孝 紫式部の夫で歳の差20歳以上?結婚生活は約3年で死別する

紫式部は、源氏物語という名作を世に出しましたが、当の本人は清少納言や和

清少納言と紫式部は犬猿の仲!?2度の結婚と藤原定子への宮仕え

紫式部のライバルとして名高い清少納言を取り上げます。 大河ドラマ

藤原道長の妻 源明子は本来なら女王の身分!源倫子との格差が大きい

藤原道長には、嫡妻である源倫子のほかに妻がもう一人います。源明子と言っ

藤原実資とその妻・桐子の夫婦仲は?日記「小右記」は本当にあった

お笑いの「ロバート」秋山竜次が、大河ドラマ「光る君へ」で藤原実資を演じ

→もっと見る

PAGE TOP ↑