藤原義懐 大出世する花山天皇の叔父!ドラマとは乖離する人物像
大河ドラマ「光る君へ」で印象に残った人物として花山天皇の叔父にあたる藤原義懐(ふじわらのよしちか)を今回は紹介していきますね。「光る君へ」では、俳優の高橋光臣さんが演じている役です。
藤原義懐は、花山天皇の側近中の側近で一気に権中納言に大出世。天皇の寵愛を武器に他の権力者たちと対立して政でもやりたい放題という印象をドラマから受けました。実際の藤原義懐はどんな人物だったのでしょうか?
藤原義懐について
藤原義懐は、957年(天徳元年)に摂政を務めていた藤原伊尹(藤原兼家の兄)の5男として誕生しました。伊尹は、藤原兼家の兄にあたるので道長とはいとこ同士ですね。
藤原義懐は、本来なら藤原北家の嫡流筋でしたので、藤原兼家の一族よりも出世しても良いはずでした。しかし、彼は昇進がかなり出遅れるのです。その理由は、父・藤原伊尹と自身の兄たちが円融天皇の治世に相次いで急死したからです。
でも984年(永観2年)になると、藤原義懐に大きなチャンスが巡ってくるのです。それは、甥にあたる花山天皇が即位したからです。
藤原義懐 権中納言まで大出世
藤原義懐は、花山天皇の生母である冷泉天皇の女御・藤原懐子の実弟でした。花山天皇には外戚が殆どいなかったため義懐を重宝しました。
花山天皇が即位したあと物凄いスピードで権中納言まで昇進していった藤原義懐を快く思わない人物も当然ながら出てきます。当時の関白・藤原頼忠、そして右大臣・藤原兼家たちです。これらの対立により政が滞ってしまう有様でした。
しかし、藤原義懐の栄華(?)はすぐに終わってしまうのです。花山天皇がまさかの出家をしてしまったためです。
藤原義懐 花山天皇とともに出家
花山天皇が出家した背景は、早く孫の即位を実現させたい藤原兼家の策略だと言われています。(寛和の変)
寵愛する弘徽殿の女御 よしこを亡くしてしまって悲観する花山天皇を出家するように唆したのが、藤原兼家の息子である藤原道兼でした。
藤原義懐が花山天皇の出家を知った時には既に遅し。兼家たちに負けたことを悟った義懐は、花山天皇の後を追うように自身も出家の道を選びました。
花山天皇の即位から出家までたったの2年余りの出来事です。藤原義懐も出家した当時、まだ30歳前後なので若いですよね。
出家後の藤原義懐は、比叡山に籠って仏門の修行に費やしたそうです。模範的な僧侶となり1008年(寛弘5年)に享年52歳で亡くなっています。
出家しても女性関係のトラブルが多かった花山天皇とは真逆な人生を送った義懐は、ドラマの印象と大きく違いますね。また、出家後の義懐は、いとこにあたる藤原道長とも交流があったと伝わります。
ab
関連記事
-
渋沢市郎右衛門 渋沢栄一の父の生涯について!実はお婿さん
渋沢栄一の父である渋沢市郎右衛門を取り上げたいと思います。 大河ドラマ「青天を衝け」では、小林
-
江姫の子供たち について
江姫の子供たち について。 2011大河ドラマ「江~姫たちの戦国」のヒロイン、江姫。 徳川幕府の
-
清少納言と紫式部は犬猿の仲!?2度の結婚と藤原定子への宮仕え
紫式部のライバルとして名高い清少納言を取り上げます。 大河ドラマを観てから教科書にも載っていた
-
茶屋四郎次郎 徳川家康の伊賀越えを助け信頼を得る!徳川家の御用商人になる
大河ドラマにおける茶屋四郎次郎は、幾度となく登場しています。 2023年のNHK大河ドラマ「ど
-
源義朝の常盤御前以外の側室
源頼朝・義経の父親である源義朝は、正室に由良御前と側室に常盤御前がいました。ドラマでもその二人しか登
-
藤原宣孝 紫式部の夫で歳の差20歳以上?結婚生活は約3年で死別する
紫式部は、源氏物語という名作を世に出しましたが、当の本人は清少納言や和泉式部など同じ時代を過ごした才
-
大久保忠世 どうする家康では小手伸也が演じる!徳川十六神将のひとり
今年の大河ドラマ「どうする家康」の登場人物ですが、当サイトでは家康の家臣を中心に紹介しています。
-
豊臣秀頼 側室 との子供
豊臣秀頼 側室 との子供は今後どうなるのか? NHK大河ドラマ「江」の登場人物を紹介していますが、
-
千姫の生涯 豊臣秀頼との夫婦愛
千姫の生涯 豊臣秀頼との夫婦愛。 大河ドラマ「江」第39話で、豊臣秀頼に側室が出来て 嫡男が誕生