清少納言と紫式部は犬猿の仲!?2度の結婚と藤原定子への宮仕え
公開日:
:
大河ドラマの登場人物 ファーストサマーウイカ, 夫, 清少納言, 紫式部, 藤原定子
紫式部のライバルとして名高い清少納言を取り上げます。
大河ドラマを観てから教科書にも載っていた春はあけぼの~の「枕草子」の清少納言のイメージがガラッと変わりました。それに「せいしょう・なごん」だと思っていたし(汗)
大河ドラマ「光る君へ」では、ファーストサマーウイカが清少納言役です。ききょう(桔梗?)という名前ですね。和泉式部よりはマシですが男関係があったのも意外でした。
清少納言の生い立ち
清少納言は、966年(康保3年)頃に下級貴族の清原元輔の娘として誕生しました。父や祖父は歌人として有名でしたので、清少納言の才能は血筋によるものでしょうね。
清少納言の「清」は、清原氏という本名から来ています。ただ「少納言」というのは、親族を含めて誰もこの役職にいたものはいないそうです。強ち藤原定子が名付けたのも嘘ではないかもしれませんね。
一条天皇の皇后・藤原定子に仕える前の行動としては、974年(天延2年)から4年間、父の赴任先である山口県防府市で過ごしました。8歳から11歳ぐらいまでの少女時代ですね。その後は、同年代の橘則光と結婚しました。
清少納言の結婚 夫はふたり
清少納言の最初の結婚は、981年(天元4年)頃になります。相手は、藤原斉信の家司を務めた橘則光という人物です。清少納言が、15歳ぐらいの時です。
この旦那さんは、数々の武勇伝を誇りましたが、清少納言とは正反対の人物で歌を詠むというよりは武芸を好む非文化人みたいな人でした。結婚生活は5年で破局を迎えてしまいましたが、一人息子の橘則長が誕生しています。
ただ、宮中に女房として働きに行ったあとも前夫・橘則光との関係は続いていたようなのでもしかしたら宮仕えに憧れていた清少納言が家庭よりも仕事をとった結果、形式的な別れを選んだのかもしれませんね。
宮仕えしたあとは、藤原実方と恋愛関係になりますが、その藤原実方や主君の藤原定子が亡くなったあと摂津守の藤原棟世と再婚することになります。藤原棟世との間に娘が誕生していますね。
清少納言 藤原定子に仕える
清少納言が、藤原定子に仕えるようになったのは993年(正暦4年)の事です。当時の清少納言は、27歳ぐらいです。
定子に仕えながら素晴らしい歌を詠んだり「枕草子」を執筆していたりしました。
藤原定子は、1000年(長保2年)に亡くなります。そうすると清少納言は8年間定子に出仕した事になりますね。その後、しばらくして夫となる藤原棟世が赴任する摂津国に下ったとされています。
清少納言と紫式部の関係
大河ドラマ「光る君へ」では、良好そうな(?)友人関係を築いている感じの清少納言と紫式部ですが、史実の二人の関係性はどうだったのでしょうか?
接点はあまりなかったようですが、紫式部からみた清少納言像というのがわかっています。それは、紫式部執筆の「紫式部日記」に書かれています。それが、とんでもなく酷評でして(汗)
どんな事が書かれていたかというと、「清少納言は自慢ばかりしていて偉そうに漢文を書いてるが間違いが多いしいずれ失敗するだろう」とケチョンケチョンです。
これは、紫式部の夫が派手な装いで詣をしていのを清少納言が「枕草子」でバカにしたのを根に持っていたからだとも言われています!?
関連記事
-
-
於大の方 徳川家康の母で実子に対しては非常に愛情深い女性
大河ドラマ「麒麟がくる」の登場人物を紹介しております。 今回は、竹千代(後の徳川家康)の生母で
-
-
大姫 源頼朝と北条政子の娘で婚約者の源義高を亡くし心の病になる
北条義時主人公の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ですが、大姫の婚約者である源義高が殺害されてしまいました
-
-
藤原秀衡の正室が義理の息子・藤原国衡に再嫁する!?マジ話でした
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」先週の第20回放送で気になる場面がありました。 その場面というのは
-
-
平賀朝雅の最期とは?鎌倉殿になれず畠山重忠の乱の原因にもなった人物
北条時政とりく(牧の方)の娘婿である平賀朝雅を取り上げます。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」での平賀朝雅
-
-
本多忠勝には正室・於久の方と側室・乙女の方がいる!娘・小松姫の母はどっち?
徳川家康の家臣団の中でも有名な武将と言えば、本多忠勝の名を挙げる方も多い事でしょう。本日は、徳川四天
-
-
徳川家康 正室 築山殿
徳川家康 正室 築山殿 について。 大河ドラマ「江」の2011年1月23日放送で、江に衝撃を与える
-
-
松平昌久の裏切り 三河一向一揆で徳川家康から敵側に寝返った後はどうなる?
徳川家康の家臣・松平昌久(まつだいらまさひさ)を取り上げます。昌久は、主君・家康に付き従いながらも密
-
-
空誓上人 三河一向一揆で徳川家康と対立するが後に関係修復する
三河の一向一揆を主導したと伝わる空誓上人(くうせいしょうにん)を取り上げます。 空誓を大河ドラ
